サワードゥ・ブレッド 2:伝統と革新が織りなす新しいパンの世界—その定義

パンの定義とは?

そもそも「パンとは何か」。この定義にもいろいろあります。
世界にはトウモロコシの粉でつくるトルティーヤをパンだと考える人もいるし、生地を発酵させずに焼くチャパティをパンだと定義する人もいるからです。
一方、アメリカのジャーナリスト、マイケル・ポーランが『人間は料理をする』(NTT出版)で書いているのはこんな感じ。

 

簡単に言ってしまえば、巧妙な技術で草の栄養価と風味を高めて消化しやすくしたものである

マイケル・ポーラン『人間は料理をする』(NTT出版)

 

彼の定義はさすがに切れ味が鋭い。ですが、身近なパン屋さんに並んでいるパンのイメージとはなんとなく距離があるようにも感じてしまいます。

そこで私たちは、志賀勝栄『パンの世界 基本から最前線まで』(講談社選書メチエ)の定義で話を進めることにします。それはこういう定義です。

 

パンとは、小麦粉、酵母、水、塩をこねて、発酵させたあと、焼いたものである。

志賀勝栄『パンの世界 基本から最前線まで』(講談社選書メチエ)

 

これなら理解しやすいですよね。
さらに、クロワッサンやブリオッシュ、バゲット、ライ麦パン、食パンにカレーパン……一言で「パン」といってもさまざまなタイプがありますが、サワードゥ・ブレッドとはどんなパンなのでしょうか。

サワードゥ・ブレッドの定義とは?

サワードゥ・ブレッドとは、小麦粉(ライ麦粉を含む)と水だけで起こした発酵種を使って作られたパンのことです。市販されているイーストではなく、自然界に存在している酵母菌によって発酵させ焼かれたパン。
ですからサワードゥ・ブレッドはパンの種類というよりも、製法によって定義されていると考えるほうが正しいでしょう。

この発酵種をサワードゥ(サワー種)といいます。フランス語ではルヴァン。パン・オ・ルヴァンを英語にすればサワードゥ・ブレッドです。

で、サワードゥとは何か?

この問いへの答えはちょっとややこしくなります。
サワードゥ・ブレッドについての多くの著作があるルッツ・ガイスラーによれば、学術的にもパン職人の経験上においても、サワー種には統一した見解がないとのこと。
明確な定義はこれからも出てこないかもしれないと言いながら、彼の提案する定義は以下のとおりです。

 

サワー種とは、液体と炭水化物を含む原料(ほとんどの場合、穀物製品)の混合物で、自然に乳酸発酵をさせて起こし、パン生地を緩め発酵させるよう育てたものである。決まった条件下で、定期的に自然の酵母菌と乳酸菌を増やすよう手入れをすると、独特のサワー種の特性が生まれ、微生物の新陳代謝が活発に保たれる。

ルッツ・ガイスラー『サワー種でパンを焼く』ベーキングブックNo.4 翔雲社

 

乳酸菌発酵のために酸っぱさが生じますから、サワードゥと名付けられたのだろうと推測できます。
ちなみに「酵母・乳酸菌を主体とするサワー種」とひとことで言っても世界には複数あります。
フランスのルヴァン、イタリアのパネトーネ種、ドイツのライサワー、イギリスのホップ種など。
日本の酒種もこの仲間です。

微生物が生み出す複雑な味わいと地域性が魅力

市販のイーストを使って発酵させたパンと比べて、サワードゥ・ブレッドは長時間の発酵プロセスが必要です。
自然界の酵母菌や乳酸菌を利用するため、発酵時間や状態をコントロールするのも難しくなります。

しかし、この長時間の発酵過程で乳酸菌が活動することが、サワードゥ・ブレッドの複雑な風味を生み出すのです。
サワー種は乳酸菌以外にもその環境中のさまざまな微生物を利用していることが解明されています。
つまり、国や地域で異なる風味を楽しむことができます。

八丁堀サワードゥ

私たちの店のサワー種のなかでも、東京の八丁堀という地域、さらにはビルの1階の工房にいるさまざまな微生物が活動しています。
私たちはわずかな酸味と穀物の甘みが感じられるこの発酵種を「八丁堀サワードゥ」と名付け、元気に過ごしてもらうように毎日お手入れしています。

もしも「八丁堀サワードゥ」を誰かにお分けしたとしても、その場所にいるまた別の微生物をとりこみ、いつかその場所だけの味わいをもつパンになるでしょう。
そんな多様性がサワードゥ・ブレッドの魅力のひとつなのです。【つづく】

Cawaii Bread & Coffeeのサワードゥ・ブレッドをオンラインショップでご購入いただけます。

https://shop.cawaiifactory.jp/collections/bread/products/

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