サワードゥ・ブレッド 6:伝統と革新が織りなす新しいパンの世界—サワードゥ・ブレッドの復活

21世紀はサワードゥ・ブレッドのルネッサンス時代

「伝統的なパン」を見直す動き

 

イースト発酵のパンが主流になった世界の片隅で、しかし、サワー種は生きていました。
昔ながらのパンが食べたいという人々が世界のどこかには必ずいて、家庭や小さなパン屋で世話を続け、パンを焼き続けてきたのです。

 

フランスでは、1980年代後半から伝統的なパンを取り戻そうという潮流が起こりました。そのひとつが、1990年代にできたパン屋と伝統的なパンに関する政令です。

 

簡単にまとめると、同じ場所で生地をこね、成形し焼成し販売するパンだけが「自家製パン」を名乗ることができること。「フランスの伝統的パン」という名称で販売できるのは、小麦粉、水、塩のみを使いイーストと自家培養酵母で発酵、製造の過程で冷凍処理を受けていないものであること。さらに「パン・オ・ルヴァン」という名称で販売できるパンのルヴァン種のpH値、パンの酢酸含有量が定められました。

 

この政令の後押しもあって、フランスでは徐々に伝統的なつくり方を取り入れるパン屋が増えていったと思われます。同時に、食べ手の意識も変わっていったでしょう。

 

ブレイクスルーはサンフランシスコのベーカリー

 

そして2000年代になるとサワードゥ・ブレッドは劇的に復活します。その舞台はサンフランシスコ。ゴールドラッシュ時代からサンフランシスコ・サワードゥがあった街ですが、それとは違う新しいサワードゥ・ブレッドを焼くベーカリーがオープンしたことがきっかけです。

 

それは、2002年にチャド・ロバートソンとエリザベス・プルーイットがミッション地区にオープンした「タルティーンベーカリー」。

 

チャドは米国内とフランスで修行し、独自のパンづくり技術を確立しました。自然を尊重して素材の力を最大限に引き出すことを重視し、サワー種を使った長時間発酵、高加水で焼き上げる「カントリー・ブレッド」つまりサワードゥ・ブレッドが看板商品です。地元の製粉所で挽きたての単一品種の小麦粉、水は湧き水を使うなど、ローカルな原材料にこだわる彼らのパンは、風味が複雑かつ豊かでインパクトがありました。

 

カリフォルニアでは同時期にブルーボトルコーヒーが創業してますが、シングルオリジン、コーヒー豆の品質、背景の文化や生産過程の理解とこだわりなど、タルティーンベーカリーと共通する哲学があります。食の付加価値を高めた彼らは、あっという間に注目を集めていきました。

 

SNSでブースト

 

タルティーンベーカリーが成功した理由はそれだけではありません。パンの作り方を惜しげもなく公開したことが世界的なブレイクスルーにつながります。

 

最初の書籍『TARTINE BREAD』は2010年に出版されました。彼らの哲学、家庭でつくるためのレシピ、製法を美しい写真をたっぷり使って紹介しているこの本はベストセラーに。その後2冊が刊行されています。私たちもこれらの本に何度助けられたかわかりません。

 

まずアメリカでレシピをめぐるチャット、パンを焼く人たちのグループサイト、ファンページがあっという間に増えました。焼き上がったパンの写真を投稿し、どうやったらどうなるのか、失敗するのかについて情報交換したわけです。彼らが公開した情報はSNSを通じて世界中に広がりました。

 

マイケル・ポーランもチャドの最初の本を入手し、サワードゥ・ブレッドを焼きはじめたと『人間は料理をする』に書いていました。もっとも彼の場合、そのための取材として、タルティーンベーカリーで短期間見習いをしているのですが。

 

パンデミックがブームを引き起こす

 

そして、世界を席巻した新型コロナウイルス感染拡大が、サワードゥ・ブレッドの復活に決定的な影響をおよぼしました。

 

ロックダウンで多くの人々が外出できず、自宅にとどまることを余技なくされた時期、欧米ではパンを家庭で焼く人が急増したのです。ロックダウンの初期、2020年3月にはスーパーの棚から小麦粉やイーストが消えました。そんな中、サワー種でパンを焼くことがますます注目されます。何せ、イーストが買えなくても粉と水があればサワー種を作れるし、みんな時間がたっぷりあったので。

 

当時、インスタグラムで私たちがフォローしている世界中のベーカリーが、家庭でのパン焼きのハウツー動画を投稿していたのをよく覚えています。それらのハウツー動画を見て焼いたパンの写真がシェアされて、サワードゥ・ブレッドのつくり方がどんどん広まりました。

 

あの非常事態の中で、粉と水を捏ね、発酵するのをじっと待ち、出来映えにわくわくするパンを焼く行為は、一種のリラクゼーションやストレス解消としても機能していたと思います。いくぶんはファッションでもあったかもしれません。しかし、サワードゥ・ブレッドに新たな、そして大きな関心が集まったのは確かです。2020年3月、アメリカでの小麦粉の売り上げが前年比647%増えたというのですから。                        【つづく】

 

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