八丁堀は東京のヴェネツィアだ
アートとデザインに特化した編集とライターをしていたカワイイファクトリーが、八丁堀にベーカリーカフェをオープンしたのは2014年。
当時は、チェーン店のカフェやファミレスはあっても、読書したりPCで仕事ができる禁煙のカフェがありませんでした。焼きたてのバゲットや自家製酵母を使ったヘルシーなパンも、日本橋や銀座まで行かないと買うことができませんでした。
当時の八丁堀は土日はだれも出歩く人がいないオフィス街。「まち」と呼ぶにはあまりにも寂しいところでした。
江戸時代には浮世絵師の東洲斎写楽が住んでいたり同心屋敷があったりして、時代劇の世界がリアルに感じられる面白いエリアなのにもったいない。谷崎潤一郎が子供の頃に住んでいたこともある街なのに。
この街には、隅田川から東京湾につながっている亀島川が流れています。
潮の満ち引きで水面が上がったり下がったりするのをボンヤリ眺めているだけで気持ちが和みます。小さな運河(今では川と呼んでる)や橋がたくさんあって、桟橋には小型船が係留し、水面に日の光が反射している。冬には渡り鳥がやってくる。まるでイタリアのヴェネツィアみたいだと思いました。
じゃあ、自分でやればいいじゃん
こんな眺めを見ながらながらお茶が飲みたいな、ひと息つけたらな、という思いが日増しに強くなっていきました。そんなある日、「そんな居場所がほしいなら、自分でつくればいいじゃない」と思いつきました。
その日から、亀島川沿いの物件探しがはじまり、お店作りがスタートしたのです。
おいしいパンが食べたい、コーヒーもね。そうやってリサーチと専門家のアドバイスをもらいながら、本を編集するように、プレイヤーとなるベイカー、バリスタを探しました。
書籍の編集協力で縁ができた岡山・吉田牧場の吉田さんに富ヶ谷ルヴァンの甲田さんを紹介してもらい、お弟子さんでベイカーをやってくれる人がいないか聞いてもらいましたが、なかなか決まりません。
バリスタは「やりたい!」と手を挙げた喫茶店好きを、オオヤコーヒ焙煎所のオオヤさんのところ(京都および倉敷)に送り出し、猛特訓に耐えてもらいました。
ベイカーはすったもんだの末、経験は浅いが根性ありそうな子にきまりました。大急ぎでレーズン種をスターターに自家培養発酵種の培養を開始。物件のリノベーションから器材設備の設置までオープンまでの3ヶ月間は瞬く間に過ぎました。〔つづく〕
*「The Cawaii Journal」2023年6月15日号より一部改稿のうえ転載しています