なぜ Cawaii Bread & Coffeeをつくったのか(後編)

焼き上がったサワードゥ・ブレッド

 

安易だったかもしれない思いつきから、9年。当然ながら不測の事態が次々に起こりました。

半年ちょっとで初代ベイカーが去り、初年度正月明けからベイカー不在の3ヶ月を半泣きのバリスタがひとりでなんとか持ちこたえ、次にきた二代目ベイカーがやりたいというので普通の昭和系パン屋さんにイメチェンし、ベーグルやクリームパンやキャラパンを出す店になりました。

またもや窮地に

そうして3年が経ったある日、ベイカーは独立することに。それは以前からの約束でしたが、またもベイカー不在の窮地が訪れました。

しかし、代わりは簡単には見つかりません。新しいベイカーを探すのに疲れた私はまたもや「だったら、私がやったる!」と、いきおいで決断してしまったのでした。

まったく未経験の私がパンをつくるなんて。スタッフは半信半疑であきれ顔です。飲食店経営ならまだしも、こればかりは自分の人生設計において絶対にあり得ない展開でした。

しかし、そんなことは言っていられません。お店がある限り、お客様がパンを買いにいらっしゃいます。独立するというベイカーに8週間プログラムの猛特訓を受け、編集と執筆の仕事を半分に減らし、ついでに睡眠時間も半分に減らして必死でひと通りを覚えました。

サワードゥ・ブレッドこそ、われらが道!

ええい。こうなったからには、自分の作りたいパンを作ろう、これからのあるべきパンを、理想のパンを作ろう。

たどり着いたのがサワードゥブレッドです。自家培養発酵種をさらに進化させたというか、パン酵母を使わずに自家培養発酵種のみで発酵させる、パンが誕生したときの方法で作ろうと思い立ったのです。いわゆる伝統製法、アルチザンブレッドというやつです。

どうして私はもっとも難しくて面倒くさい方法をえらんでしまうのだろう。いつだってそうだ。本質的で革新的なことをやりたいと思うあまりとんでもない展開になってしまう。

自分を責める時もありますが、もう後には戻れません。だって、私の理想のパンをつくりたいから。最高がなにかを知ってしまったら、妥協は許されません。諦めることはできたとしてもです。

発酵パンの歴史は6000年くらい前のエジプトです。小麦と水を混ぜて放置していたらブクブクと発酵して焼いてみたらパンになったというのです。この原理で作るのがアルチザンブレッドです。

もちろん、欧米では昔から一ジャンルとして成立していましたが、日本ではパンを食事として夕食におかずと一緒に食べる文化がまだまだ一般的ではありません。しかし、素材本来のうま味や、小麦アレルギー反応が出にくいパンを追求していくと、やはりアルチザンブレッドしかない。

書籍とSNSで学ぶ…そして実践あるのみ

毎日ご飯の代わりに食べても飽きない主食としてのアルチザンブレッドを少しずつ広めていきたいという思いから、関連書籍を片端から読みまくりました。志賀勝栄氏や甲田幹生氏の酵母で作るパンの本をはじめ、ジェフリー・ハメルマンやチャド・ロバートソンのサワードゥブレッドやアルチザンブレッドに関する本は今でも迷ったときの道しるべです。

ネット上にも世界中のベイカーが動画を公開しているのもありがたかった。走りながら考える状態の中で私の選択肢はこの方法しかなかったのです。

下手くそなパンを、応援して買って下さったお客様にはほんとうに頭が上がりません。今でもまだまだですが、当時を考えるとよくもまあ、そんな大それたことをしたものだと身体が震えてきます。

まだまだチャレンジは続いています。日々の挑戦が結果を生む。だから前に進みます。亀みたいにのろのろとした歩みだけれど、ちょっとずつ昨日より今日はいいし、明日のわれは今日のわれに勝つのです。亀島川でほんとよかった。兎島川だったら、シャレになりませんね。

Cawaii Bread & Coffeeをつくった理由

私は、自分の生活圏の近くに毎日通えるパン屋がないことに気づき、隣人たちもきっと同じ気持ちでいるにちがいないと思ったのでした。それが八丁堀パン屋プロジェクトを立ち上げたきっかけです。

おいしいパンにはおいしいコーヒーが欠かせません。パンだけではなく、同等のコーヒーも、というわけで Cawaii Bread &Coffee が誕生しました。

この「おいしい」には、味覚はもちろん、身体に負担になる添加物が使われていない、安心して毎日食べることができるおいしさ、人間が長い時間をかけて成熟させてきた文化としての食を引き継いでいるおいしさも含まれています。

食とその周辺にある知を、この小さな場所で提供していきたい。お店に来る人関わる人、すべての人が知と共に優雅に生きるために、ささやかだけれど役に立つことを生活の中で実践していきたいと願っています。

 

(text by 原田 環)

 

*「The Cawaii Journal」2023年7月15日号より一部改稿のうえ転載しています

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